さちゅりこん2――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

2017-11-01から1ヶ月間の記事一覧

東ハゼ地蔵を訪ねる(香川の地蔵22)

東ハゼ町。高松街道と一ノ宮街道の分岐点にある。ここらにも戦前は金比羅灯籠があったそうである。 水盤は昭和十年六月とあった。太宰治は前月、「道化の華」を『日本浪曼派』に掲載している。 「葉藏は、はるかに海を見おろした。すぐ足もとから三十丈もの…

紙町の金比羅燈籠を訪ねる(香川の神社132)

紙町。一の宮・仏生山街道と金毘羅(高松)街道が分かれるあたりにある燈籠。天明七年。 案内板に曰く、 「この金毘羅燈籠の建立者は、一説によると内井家の先祖元山村傳八とあります。元山村より坂田の地(この附近一帯)に江戸時代中期のころ、移り住んでき…

仕事しなければ……

と思っていたら日が暮れた。

妙泉寺三十番神宮を訪ねる(香川の神社131)

木太町には、三十番神宮もある。 三十番信仰は神仏習合で、毎日交替で我々を守護する三十の神様を信仰するものである。最澄が比叡山に神々を並べて祀ったのがはじめらしいが、主として日蓮宗・法華宗が広めたと言われている。法華経を守護する神々が彼らなの…

夷神社を訪ねる(香川の神社130)

木太町の夷(えびす)神社。 皇紀二千六百年記念の碑。昭和十六年。 案内板に曰く、 「この社には、釣り竿を担ぎ鯛を小脇に抱えた石像がある。漁師達が守護神として、蛭子神(八重事代主命)を祭ったと言われている。夷神社は、蛭子宮(讃岐国名所図絵)、蛭子…

中邑神社を訪ねる(香川の神社129)

木太町。弁財天らしいですね。碑の後ろに書いてあったし……

さぬきいろいろ22

さぬきいろいろ22

船山神社を訪ねる2(香川の神社128-2)

右手の入口から正面に境内社の皆さんがいらっしゃます。 こんな新しい地神さんは初めて見たぞ。まだ造ってるんですね…… 神宮神社か? 拝殿の左手には、「永井大明神」。 拝殿右手にも、小祠あり。背後の巨大楠を祀っているのかな……わからん。丸い石がたくさ…

船山神社を訪ねる1(香川の神社128-1)

歴史マニア垂涎の船山神社。仏生山町。祭神が、倭迹々日百襲姫命だからである。 天保3年の燈籠。 「船山大明神」! 狛犬さん(嘉永五年、痩せている)。 なにっ!犬だめなの?それでわたくしは外にいるのかしらん…… 随神門(新しい)。古いやつの写真は『香…

船山神社前の地蔵堂を訪ねる(香川の神社22)

目病地蔵さん。 となりには…… ちょっと弱そうだが、絶対頼りになりそうな感じである。いざとなったら、その刀もくれそう。餅つきとかに使えそう。

讃岐石鎚遙拝所を訪ねる(香川の神社127)

仏生山町。創立は、昭和四十七年一月とあった。 拝殿。 狛犬さん。平成十年のもの。 石鎚山は霊山である。なんと、今更気づいたが――、西日本最高峰なのだ。 標高は、1982メートル。 低っ わたくしが死んだから帰るところのおやま(御嶽山)は、3063…

今?を学ぶ

先日、「永遠の0」とか「三丁目の夕日」などを観て、文学研究もかかる過ちをおかしていてはならぬと思い至ったことも事実である。大学の頃、デビューしたての阿部和重とか多和田葉子に下した自らの批評が一種の「永遠の0」的な逃避となり、祖父以前の時代…

庚申神社を訪ねる(香川の神社126)

多肥上町。田園地帯にある。昭和六十一年に再建されたものである。 ここら辺も、建物が迫っている気がするのは気のせいか……。郊外化とSFの発生はよく関係づけられているが、神社もそうかもしれない。境界と関係あるこっちゃ。 それにしても道教の庚申信仰…

馬頭観音を訪ねる(香川の地蔵21)

龍雲中学の近く。 案内板によると、明治十一年九月、東十河(十河氏の城があったあのあたり)の松原弥三七の愛馬がここで死んだらしく、それを祀ったものらしい。確かに、碑にはその年月が掘ってあった。 「白馬のような大慈大悲の誓願を達成するため、頭上…

永遠の三丁目

ちょっと理由があって「永遠の0」と「三丁目の夕日」(三部作)を観たのである。いままで観たことはなかった。原作は読んだことがあった。いずれも、「ある程度」の意図的な現実逃避的な表現によって、今現在の自分たちを勇気づけられるかという、ある種、…

若宮神社を訪ねる(香川の神社125)

仏生山公園の近くの若宮神社。祭神は、軻遇突智命。『日本書紀』の表記で、カグツチの神である。火の神なので母イザナミの陰部を焼き、殺してしまった。で、怒った父親に殺された不運の息子であった。しかし、そのおかげでカグツチの死体などから二十近くの…

住蓮寺池周辺のお地蔵さんを訪ねる(香川の地蔵19・20)

住蓮寺池の堤には様々に。 工事記念碑の横には…… 龍神様かっ。すごいアクロバティックな姿勢を……。無理しないでも、ほれ、池はこのような有様でございます。 わたしゃ、どこかの県立運動競技場か何かと思いました。というか、冬だから水抜いてんでしょうね………

雙石神社を訪ねる(香川の神社124)

多肥上町。住蓮寺池の北にある。堤防の下方にみえる。 鳥居は昭和三十一年。 拝殿。 『香川県神社誌』によると、 「一對の大なる石を御霊代として奉齋すといふ。口碑に依れば往昔住蓮寺池構築の際同形同大の一對の霊石出でたるに里人神意を感じこれを御霊代…

榺神社を訪ねる(香川の神社110-5)

いざらこざらの少女像を見忘れたので、みにゆきました。 おられました。なんと、グーグルアースでは、この少女の像の顔にモザイクがかかってました。石と生身の人間の区別がつかない、あるいは、あまりにも由縁がやばいものにはモザイクを自動的にかけてしま…

法然寺近傍のお地蔵さんを訪ねる(香川の地蔵18)

法然寺のお墓の群からちょっと離れて、溜め池を眺めていた。 西側には、「日露役戦歿軍馬碑」。馬には謝罪

仏生山町の水神さんを訪ねる(香川の神社123)

円光寺の近く。 案内板に曰く、 「昔、法然寺の門前町仏生山の表通りには、参詣人ののどの渇きをいやすために多くの井戸が用意されていた。この場所は、江戸時代の町年寄中條本家の屋敷跡だけに、中條家が井戸を掘り、水を守る神をまつって屋敷神としたと思…

生目八幡宮を訪ねる(香川の神社122)

仏生山町。「生目さん」である。祭神は、藤原兼清。 案内板に曰く、 「屋島合戦の「しころ引き」で有名な悪七兵衛景清は、源平合戦に敗れたのち視力を失い、琵琶法師となって諸国をさまよったと伝える。」 景清物が出来てしまうほどの、みんなが大好きな景清…

中津神社を訪ねる(香川の神社121)

月夜の大学を出る。 中津神社が鶴市町。昔の弦打村の一部である。菊池寛の『義民甚兵衛』の舞台はこの村である。 夜中の狛犬さん(大正十三年)。鳥居は大正十二年であった。 『香川県神社誌』に載っている「中州神社」というのがこの神社かと疑われる。再建…

常磐稲荷神社を宴会のあと訪ねる(香川の神社61――アルコール編)

石清尾八幡宮を訪ねる2(香川の神社109――ちょっと侵入編)

今日は朝から公開講座の見学→卒業論文大発表会と忙しいのでなんだかむしゃくしゃするぞ…… おらっ、随神門がでかすぎてフレームからとびだしてるでごんすよ…… 壕まであるじゃねえか、城かっ この前見た巨大狛犬の後ろに今度は…… 天明6年8月建立であり、どう…

農民神社を訪ねる(香川の神社9)付録

上之町には、伏石事件の平野市太郎氏の顕彰碑がある。 三角形の公園になっている。

一額地蔵尊を訪ねる(香川の地蔵17)

木太町。善立寺と大超寺の間ぐらいにあります。 ひなたぼっこをしてました。

若宮神社を訪ねる(香川の神社120)

木太町。 左手はこんな所――郷愁を感じる気がしてきた 「若宮堂」とされた記念碑は、「二千六百年記念」。案内板によると、このとき(昭和十五年)に燈籠、手洗鉢などをリニューアルしたらしい。新しい注連石などは平成十四年などのもの。案内板も平成十年。 …

さぬきいろいろ21

さぬきいろいろ21

木太天満宮を訪ねる(香川の神社119)

木太の天満宮にやってきました。 大きな樹木が豊かで鎮守の森をつくっている。 牛さん 狛犬さん(慶応三年) 案内板に曰く、 「天満宮は昔一里塚の南の小さな丘の上にあったが、村人から忘れられるほど荒れていた。」 あらっ 「藩主松平頼重の寺社奉行筧助左…