さちゅりこん2――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

2026-03-01から1ヶ月間の記事一覧

終わりの始まりとしてのスーパーティーチャー

ゴルバチョフは政権に就くまでは、まぎれもなくスターリン主義的に歪曲して解釈された「レーニン主義」の忠実な信奉者であった。ペレストロイカが開始されてほどなく彼は『ブハーリンとボリシェヴィキ革命』を著者のコーエンから寄贈された。そして感激して…

「ピカドンというような微塵劫的現実」以降

先生の無二の心の友であった老いたる女傑が、軍を恨んで自殺して果てたのである。この女傑は蔦づるという待合の女将で、先生の為人(ひととなり)を知り、これを遇すること最も厚い人であった。 肝臓医者とさげすみをうけることこそ、先生の栄光であることを…

読み飛ばすべき場所(病棟)について

坂口安吾は「精神病覚え書」で、フロイトからは実際の治療はでてこない、「つまり患者としての僕がその時最も欲しているものは、たゞ一つ、抑圧、それに外ならなかったのだ。抑圧を解放してはならない」と言っているが、わたくしも病床でそう思った。病気と…

入院6

「明日(あした)あそびに来いよ!」と、その声がまた叫んだ。「山へ行かうよ!」と、他の一人が代つて言つた。少しの間、多吉はじつと突立つて、ぞろぞろと近づいて来る一団を眺めてゐたが、ふと、明日は日曜だつた、と忘れてゐたものを思ひ出すと、さつと…

キツトすきになる病院――入院5

上は、国会図書館蔵の、佐川安宣『キツトすきになる幾何講義』(大12)のはしがきの前半である。 このあと本文に入ると、当時の読者が落書きを4頁にわたって書き殴っており――曰く「鹿馬野郎」。 たしかに当時においてもこのノリはだれかが一度罵倒しておく必…

病院――入院4

これ以上に身を落として引き垂れるのはいささか難儀なくらいだった。けれど、ラスコーリニコフにとっては――彼の今の心持からいえば、それがかえって痛快に思われた。彼は亀が甲羅へ引っ込むように、徹頭徹尾すべての人から身を隠していたので、彼の用を足す…

雀の代わりに雨が降っている――入院3

お登和「ハイ、私も原料を買出して参りましょう。三十六品の中(うち)でお酒の肴にすると申した長崎のカラスミ、鹿児島の鰹(かつお)の煮取(にと)り、越前(えちぜん)のウニ、小田原の塩辛(しおから)、これだけは宅にありますから直ぐ間に合います。…

窓に雀―入院2

人間は雀じゃないんだ。そうして、わが子を傷つけられた親の、あの怒りの眼つき。戦争は、君、たしかに悪いものだ。 僕はべつにサジストではない。その傾向は僕には無かった。しかし、あの日に、人を傷つけた。それはきっと、戦地の宿酔(ふつかよい)にちが…

入院1

入院1

死者をして死者を葬らしめよ

姦通の現場を抑えられた女がいた。その女の愛の物語は伝わっていないが、しかしその愛はたいへんすばらしいものだったにちがいない。というのは女の罪は、悔い改めたからではなく、その愛がいかにもはげしいすばらしいものだったから、許されたのだ、とイエ…

戦時の積極性

自己に徹せず、俺らに知識の外延性にのみ捕はれ、學殖の豊富を誇らんとする者は往々判断の獨自性を缺く。多くの可能性の間に介在する者の反應動作は遅いのが原則的である。その力の平均せる可能性の間に自己を置く時、反應不能に陥るは所謂ブリダンの驢馬の…

犬の比喩について

「おじさん、そんならほかにも、金(きん)の鶏(にわとり)が浮(う)く池(いけ)があるんですか。」と、信吉(しんきち)は、不思議(ふしぎ)そうに、紳士(しんし)を見上(みあ)げたのでした。「ありますよ。たぶん、私(わたし)は、そんなうわさが…

「分裂病」私見

恐怖に終始する急性期もあれば、夢幻様体験が現れる場合もあります。また急性期の記憶には後から聞けばけっこう欠落があります。意識障害がないといわれますが、ほんとうのところはよくわからないのです。ものみなが非常に美しくみえることも、すべてが夢の…

文芸的「解決ならぬ解決」問題

合唱部の発表は、マスクをつけ、距離を十分とっての録音であったらしい。録音か、そうだよな、と思いながら再生してみて驚いた。合唱部に所属していた頃から、リハーサルや本番を録音したものは何度も聴いてきたが、それらとは明らかに違っている。今までの…

御髪と背骨

顔に袖を押しあててそむき給へる姿の、限りなくをかしげなるに、御髪は頂より末までいささか後れたる筋なく、つやつやとひまなく凝りあひて、長さはこちたくもあらず、丈に五六尺ばかり余り給へる末の、五重扇を広げたらむやうに、きよらに多く凝り合ひて、…

石切

わが親愛な楢(なら)ノ木大学士は例の長い外套(ぐゎいたう)を着て夕陽(ゆふひ)をせ中に一杯浴びてすっかりくたびれたらしく度々空気に噛(か)みつくやうな大きな欠伸(あくび)をやりながら平らな熊出(くまで)街道をすたすた歩いて行ったのだ。俄(…

時間がかかることと世の中

つい、「世界不思議なんとか」のエジプトでお棺発掘の番組を見てしまったが、――日本人は社会科で、エジプト文明と縄文式土器だけ4月に一生懸命勉強しすぎて、ギリシャとか大化の改新あたりまでで息切れしている。エジプトのお面には興味津々なのに、近所の石…

マルメラードフに出会うこと

「飲んじまった! すっかり飲んじまった!」と不幸な女は絶望したようにわめいた。「それに、服も変わっている! みながかつえてるのに、みながかつえてるのに!(こう言って、彼女は両手をもみしだきながら、子供たちを指さした)ああ、なんていう浅ましい…

信・嘘・妄想――反復を超えて

彼は一皇国少年として、「自分の生涯が戦火のなかに消えてしまう」ことについて「未熟ななりに思考、判断、感情のすべてをあげて内省し分析しつくしたと信じ」た。「もちろん論理づけができないでは、死を肯定することができなかったからだ」。しかし、その…

張り合いのない仕事について

学制頒布七十年の記念式の新聞記事をよみながら、ふと思いついた話である。 何処かの国民学校で、児童たちをつれて遠足に行った。雨上がりで足をすべらせた児童の一人が河に落ちこんだ。その時先生の一人がすぐ濁流にとび込んでその児童を救い上げたが、自分…

「測鉛」幻想

懐疑派とは器用に、感受性のカタログの作れる男だ。それだけだ。 立派な芸術は必ず何等かの形式ですばらしい肉感性を持っている。 人間は現実を創る事は出来ない。ただ見るのだ、夜夢を見る様に。人間は生命を創る事は出来ない。ただ見るのだ、錯覚を以て。 …

わしは閣下のおみ足の塵をなめました

ところが、その朝わしは目がさめると、例のぼろをひっかけましてな、両手を差し上げて天に祈ったあとで、イヴァン・アファナーシッチ閣下の所へ出かけましたよ……イヴァン・アファナーシッチ閣下、ご存じかな?……ご存じない?……へえ、あの善人をご存じないと…

陰影とブーメラン

創造というものが、常に批評の尖頂に据っているという理由から、芸術家は、最初に虚無を所有する必要がある。そこで、あらゆる天才は恐ろしい柔軟性をもって、世のあらゆる範型の理智を、情熱を、その生命の理論の中にたたき込む。勿論、彼の錬金の坩堝に中…

ジャパン/シリヌグイ

一同でウシハラ君におごらせる相談をしていると、搭乗手続きをすませた彼が、のそーっとやってきた。「何やってんのよ、このボケ」「うー、ごめーん。きのうの夜、飲んじゃってさあ……」「そんなこと知らないよ」「で、明け方、家に帰ってこのままずっと起き…

本宮が見えない事態について

ほんとうに、あの髪の色の明るく眼の色の碧い、トレメインのロウィーナ・トレヴェニォン姫にちがいないというのか。――どうして、どうしてそれを疑うことができよう。 口のまわりには、死の巻布が重々と垂れ下っている――だが、それは生きて呼吸するトレメイン…

屹度足が生えるから

ドン・キホーテという男を頭に描く事は出来るであろうが、ポーの書いたリジアという女を想像する事は出来ないだろう。ストリンドベルヒの舞台にはラネーフスカヤ夫人の代りに、エドガーという幽霊が出る。処で君は人間を描こうとするのか?よろしい、描いて…

世の中は教えてくれる

こいつらは簡単にだまされる。飢えているからだ。疲れて、参っている奴らは、たとえ嘘だとわかっていても暖かい光景に飢えているのだ。飢餓や混乱の経験がなく、いつも見慣れている風景が一瞬にして殺戮の廃墟と化すことがあると知らない奴らは、弱い。気付…

この濁った酒――ラフォルグ

真実の芸術家にとっては、自分の存在が社会に対して一つのアイロニイであると感ずる事は、決して彼の創造の観念とならない。何故なら、それは彼の魂の寄生的な一情緒に過ぎないから。即ち生きるという事でないからだ。自分を海員に捕獲された信天翁に譬えた…

イソギンチャク

「おい、脅(おど)かしっこなしだ。なに事だね、一体それは……」「つまり君の人相だ。実に千万億人に一人有るか無しの奇相である。それによると、君はわれわれが今見ている現実世界の住人ではない」「えっ、なんだって、少しもわけがわからない」「わからな…

修行系の系譜

保田さん、実際に早口でしゃべってらっしゃる。英語でいうプロナンスィエーションですか、〔略〕ものすごい早口ですね。自分で分ってるだけで、こちらがよくきこうとしないと、わけ分らない。 ――中上健次「保田與重郞・賤者=賢者の文学」 わたくしは内田樹…