さちゅりこん2――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

常磐稲荷神社を夜訪ねる(香川の神社61)

この神社にはやはり夜いクのがよろしいと思って、仕事帰りにいきました。×町駅の近くにあります。ちなみに神社のとなりは、×××××の×××です。なんというか、人間のふるさとを感じます。



夜中でないと、この神社は光り輝かないのです。夜の街、そこに赫耀たる社あり。



石に刻まれた由縁を見ると、

「詳らかならざれども傳ふ處に依れば生駒壱岐守丸亀より高松に封ぜられしを以て丸亀商人を移し今の丸亀町をなさしめ城下の繁栄を計り商家の守護神として巽(東南)に祭祀せられしものと云ふ。爾来一般庶人の崇敬を集め今日に至る。」

丸亀町が、丸亀の商人たちによって出来たらしいのは知ってましたが、そういえば、それを指示したのも生駒壱岐守(高俊)さんなのであった。さすがです。美少年趣味の高俊さん、有力な商人を引っ張ってくることくらい簡単です。これに比べて、松平さんの道祖神社(昨日参照)……

「元新瓦町小学校内に鎮座ありしを明治四十二年現在の地に移せり。」

日露戦後に我に返りましたね。やはり小学校内よりここの方がキモチよかったのでしょう。



「戦災にて御社殿焼失なしたるを溝渕寿吉翁が初めとする崇敬者の誠意に依り昭和二十七年五月伏見稲荷大社より御分霊を勧請し今の如く復旧せり。」

さすが、復活が昭和二十七年ですからすばやい。中野天満神社とか道祖神社とかこれに比べて遅い。やはり勉強より歓楽ですよ。ちなみに溝渕さんというのは戦前ここらの土地を買い取って、劇場とか映画館を建てた人で、常磐町のもとをつくった人のようだ。わたくしが高松に来る前までには、もとあった映画館とかダイ★ーとかジ★スコなどはなくなっていた。



二十年ぐらい前までは、狐のお面をかぶった人たちが練り歩く「こんこん祭り」というのが行われていたらしい。