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『野火』の主人公が体験したような〈既視〉は、たくさん繰返されたであろう多数の人間の共同的な幻想を個人幻想として体験するという心的な矛盾の別名にほかならない。だからこそ精神病理学は、〈既視〉という共通の術語で個体をおとずれる心的異常の意味を…
探検とは、そもそもどういうことをいうのだろう。「恐ろしい土地」へ身を挺して入りこみ、絶苦の艱難を凌ぎ、全世界の地理学者に知られていないようなことを、驚くべき距離の奥からひきずりだしてくる。極地探検隊の運命を、ポォが「南極洋」でうたっている…
昼も夜も先生はなるべく群衆の中を歩き廻るやうにした。同じ一人ぽつちでも、つくねんと部屋に閉ぢ籠ることは、或る意味で結局饒舌であり五月蠅いものだ。それは雑沓にひき比べて寧ろ大変騒然たる濁つた思ひさへする。部屋そのものの狭さのやうに其は狭少で…
三高のトラックは赤線区域へはいって行った。パンパン街の十字路で演説をぶちはじめたのである。「シメタ!」寒吉の胸は躍った。 パンパン相手に演説ぶつとはおよそムダな骨折じゃないか。だいたいパンパンというものは移動がはげしいし、転出証明もない者が…
八月二十五日、旧塾農園に於て僕祭主のもとに十四士一年祭を執行。参列者五十余名であった。九月五日に至つて長谷川君のGHQ軍事裁判が行はれた。「禁錮三ヶ月、執行猶予二年、罰金二千円」といふ判決であつた。罰金二千円を納めて釈放された。検挙後十八日目…
実際には、アイヌの人々は子連れのクマを捕えると、母グマを食べてその魂を送る。その後、 子グマを人間の子と同じように可愛がって、食事もよいところを先に与えて育てた。 子グマが一~二歳になると、クマ送りを行ったのである。幾日も前から念入りに準備…
熱田宮の縁起は、足利中期から民衆化して、剣の歴史が国の歴史を動かしたといふ形でお伽草子化したのであるが、それがさらに轉じて日本武尊は楊貴妃に生れ更つて唐を衰へさせ、日本をねらふ玄宗の野望を未然に空にしたといふ話になつてゐる。この話は縁起に…
私は戦争まえまではヤミという言葉を知らなかった。知らないということは情ないことで、私の青年期はヨーロッパでは前大戦後の混乱をへて、どうやら立ち直りかけたころ、ニュースに文学にインフレや道徳の混乱はウンザリするほど扱われていたが、戦争と死、…
新聞には、大きいのや小さいのや「の」の字はどっさり。うたちゃんには、新聞も「の」の字ばかりです。お兄さんのまわすコマが、「の」の字を書いているし、コマのヒモも、おえんがわで「の」の字になっています。お庭のカタツムリは「の」の字をしょって歩…
朝顔が咲き始めました。これから夏ですね。。 体も楽になってきたので、ピアノを弾くことにする。と、ルーブルが泥棒に入られたというニュースを聞いたから、ルパン三世のテーマを弾いてみた。わたくしのセンスもまったくエンタメ化していることである。 も…
じぶんにとって〈他者〉が禁制の対象であったとすれば、この最初の〈他者〉は〈性〉的な対象としての異性である。そしてじぶんにとって禁制の対象が〈共同〉であるとすれば、この〈共同〉にたいするじぶんは、〈自己幻想〉であるか性的な〈対幻想〉であるか…
当時の出版社というのは、印刷してもらおうと思えば、まず石炭を確保して、その証明書を印刷所へ持っていかないと作業にかかってくれなかった。だから出版社は石炭確保のためにずいぶん無理をしたようだった。同時に二十ぐらいも雑誌の仕事をやったが、半分…
小説の主髄は人情世態を寫すにあり彼の勸懲を主髓となし又は政治上の寓意をもて其眼目となすが如きは真の小説の旨に違へり但し小説は美術なるから暗に風教を裨けつべき意を寓すべきは當然なれども寓意の寓の字の意味を誤り寓意を主意となす如きは最も甚だし…
主人への恋情(処女二十歳) 私は女学校を出るとすぐ、受持のK先生の御宅に家事のお手つだひを兼ねて見習に参りました。先生は、やさしいお眼の中老紳士で、生徒たちを一度だつてお叱りになったことはありませんでした。奥様も、おやさしい方で、私にいろい…
▼模索舎の意義として、相手に自分の情報が伝わらない形で機関紙とかが買えるみ たいな話を森本さんが書いているんです。その党派の本当の応援者だったら、そもそも定期購読を申し込んでいるはずなので。安田 そうですよね、敵対党派の新聞は、入手しようと思…
生活の日々が、夫に死なれた妻の悲しみや愛慕の感情もいつとはなしにおし流して四年、七年と経った今日、気がついて眺める自分の心の中では、かつての愛や悲しみも、歩いて来た道のうしろに遠のいて、みちしるべのように立っていることに驚く。十四篇の原稿…
小野寺の賢治論は、近代文学を、聖霊神学の視点から読み解くという興味深い具体例だが、著者のユニークな着眼から、これまでのどのような賢治研究にもない新鮮な風景が現れてくるかというと、率直に申して必ずしも鮮明ではない。それは高村光太郎における智…
私は、こたつに足をつっこみ、二重廻(にじゅうまわ)しを着たままで寝た。 夜中に、ふと眼がさめた。まっくらである。数秒間、私は自分のうちで寝ているような気がしていた。足を少しうごかして、自分が足袋をはいているままで寝ているのに気附(きづ)いて…
たとえばマルクスならマルクスが、経済的範疇というものを非常に重要なものだ、第一次的に重要なものだ、人類の歴史の中で重要なものだ、そしてその他のものはそれに影響されるというように考えたときに、ほんとうは幻想領域の問題は、そういう経済的諸範疇…
支那の太古の文化の中心地方の特性については、上述せるところによって、その概念を与へんと試みた。大部分黄土の中に喰ひ入つてゐる諸河川は、これを防ぐ堤防設備を必要としなかったか、または、ほんの偶然的にしかこれを必要としなかつた。河水を疎水して…
鋼(はがね)のように澄みわたる大空のまん中で月がすすり泣いている。………けがらわしい地球の陰影(かげ)が自分の顔にうつるとて…………それを大勢の人間から見られるとて……………………身ぶるいして嫌がっている。 ――夢野久作「月蝕」 もう研究が進んでるとは思うん…
田辺の思想の形成の跡を初期からたどったとき、「種の論理」は、それまでの思索を踏まえてというよりも、むしろ唐突に出現したように見える。当時、第三高等学校の講師を務め、同時に文学部の講師を兼任して、田辺の身近にいた高山岩男もあるエッセーのなか…
1969年5月、三島由紀夫氏を招いて行われた東大全共闘との討論集会でのことである。後にテレビで紹介されてこともある半ば伝説的な出来事である。そこでは、全共闘の面々の話が美的論議に終始したこともあって、総じて三島氏の話術の巧みさばかりが際立つ結果…
ことによると、そのとき彼の念頭をよぎっていたのは、(ラカンやドゥルーズをも魅了した) バロック彫刻の傑作、ベルニーニ作《聖女テレジアの法悦》の、幾重にも折りたたまれた衣の襞だったのかもしれない。伝記によれば、聖女は法悦のなかで神に近づこうとす…
会見を見ていて思うに、今の愛子内親王については、純粋な現在性というのか、空間を包括してまとめあげる感じというべきか、あんまりこの人について考えなくてすむ、そういう感じがする。一対一の、二人っきりの対幻想を感じない。例えば、ここ長らく仮想の…
筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなる者もののありけるが、土大根を万にいみじき薬とて、朝ごとに二つづゝ焼きて食ひける事、年久ひさしくなりぬ。或時、館の内に人もなかりける隙をはかりて、敵襲ひ来りて、囲攻めけるに、館の内に兵二人出で来て、命…
説孝朝臣来云宣旨云内大臣奉幣使行而有病申障無他上卿可行件事者。即申承由了。為史守永外記代使等事仰了。 内大臣藤原公季が仮病を使ったのかはわからないのだが、――日記に、こういうことをいちいち書くのはどういうことなのか。一般論ならいろいろなことが…
自由に競争しろって言われるこの市場から、逃げたい。そしてどこか安心できるところで居場所を見つけたい。――そんな私たちの欲望が、 『逃げ恥』を、『コンビニ人間』を、そして乃木坂46を発見せしめたのではないだろうか。 欅坂46とフリーランスの孤独――黙…
巖穴の一點の光明は忽ち失せて、第二の舟は窟内に入り來りぬ。そのさま水底より浮び出づるが如くなりき。第三、第四の舟は相繼いで至りぬ。凡そこゝに集へる人々は、その奉ずる所の教の新舊を問はず、一人として此自然の奇觀に逢ひて、天にいます神父の功徳…
ヒゲは普段口癖のように、敵の訊問(じんもん)に対して、何か一言しゃべることは、何事もしゃべってはならぬという我々の鉄の規律には従わないで、何事かをしゃべらせるという敵の規律に屈服したことになるというのだ。共産主義者・党員にとっては敵の規律…